【画像】石島浩太(コウタ)の昔と今を比較!性転換した衝撃的な人生も

かつては野球界で通訳を務め、
巨人とヤンキースの業務提携や
WBCの開催に尽力するなど、
日米球界の橋となり活躍してきた
石島浩太さん。

2007年にに性別適合手術を受け、
現在は男性から女性へと生まれ変わった
トランスジェンダーです。

そんなコウタさんの男性時代と
女性として生まれ変わった現在は
どう変わったのか、
画像を比較したり壮絶な人生を
まとめてみました。

石島浩太の昔と今を比較

石島浩太さんは男性として産まれながら
女性の心を持ち、
性転換した石島浩太さん。

そんなコウタさんの
昔と今の画像を比較してみます。

昔:
今:

男性としていらっしゃった頃も、
目がぱっちりで可愛らしい
お顔立ちをしていますよね!

現在のコウタさんと比べると、
歳を増しているのは
しょうがないにしろ、
あまり変わらない気がします。

石島浩太の幼少期は?

コウタさんは東京生まれ、
物心がついたときにはすでに
自分の心は女である事に
気づいていたそうです。

3歳の頃に親族の友人から
性的虐待を受けた経験も…

3歳の頃の記憶って曖昧な人が
多いと思いますが、
コウタさんにとっては
それだけ心に深く傷を負った
出来事だったのでしょうね。

コウタさんは4歳で父親の仕事の都合で
ロンドンに引っ越します。

その後1年でニューヨークに渡り、
小学2年生で日本へ帰国。

6ヶ月後にはインドに行き、
小学4年生で再び日本へ戻る…
と言うように、世界各国を
転々としていました。

なんと計17回転校したそうです…!

コウタさんはこの頃、
どこへ行っても「自分はアウトサイダー(よそ者)」
と思っていたようです。

中学・高校時代はアメリカで過ごしましたが、
当時アメリカでもトランスジェンダーという
概念はなく、ゲイやレズビアンという概念。

しかもそういう人々があたかも
精神障害者のように扱われていた時代でした。

それもあってコウタさんは
両親には絶対に自分が
トランスジェンダーであることは
言えなかったそうです。

両親も感覚的にはコウタさんの
女性的な部分に気づいていて、
母親からは何度も指摘され
コウタさん自身もとても傷ついたといいます。

またコウタさんは自身の問題や
環境に馴染めなかったことで、
ロサンゼルスで過ごした中学時代は
様々な問題を起こして、
放校処分も受けてしまったそうです…

その後はカールスバッドの
士官学校に入学させられて
2年間を過ごす事になったそうです。

その後イギリスで
パーソンズ美術大学に入学。

大学卒業後は
アートディレクターとして就職し、
その時期に出会った女性スーザンと結婚、
3人の子供もできます。

自身の性に気づきながらも、
その女性性を隠し抑圧する生活を
していたのだといいます。

石島浩太はなぜ性転換を決意したの?

1988年、ダイエーの中内功会長から
通訳・渉外担当のオファーがあり、
福岡ダイエーホークスに入団したコウタさん。

その後、野球界で
野茂英雄選手や吉井理人の通訳、
広報を担当したり、
2006年にはWBCの運営にかかわり、
代理人アーン・テレム氏の片腕として
井川慶のヤ軍入りを実現させたり、
入団会見では通訳も務めるなど、
実績を残しました。

この2006年の結果を受けて、
ついに性別適合手術を
受ける決意をしたのだそうです。

しかし手術の事を妻スーザンに打ち明けると、
拒否反応を示し、愛人がいる事を
告げられたのだそうです。

ショックを受けたコウタさん。

2007年3月にマンハッタンと
ニュージャージー州をつなぐ
ジョージ・ワシントン橋から
投身自殺を図ります。

幸いにも一命を取り留めたが、
魂の部分で愛していたという
スーザンとの別離は、
コウタさんの心に重くのしかかりました。

自分の性について打ち明けるのは、
とても勇気がいることだったと思います。

そして結果として家族を失ってしまって、
絶望のどん底まで落ちてしまったのでしょう…

当時はまだトランスジェンダーに対して
理解が広まっていない時代なだけに、
とても苦しんだでしょうね。

石島浩太の現在は?

コウタさんは現在、
トランスジェンダーのミュージシャンとして
活動しています。

またミュージシャンだけでなく、
「WBCの幕内」の著書・
「コータ姐のカミングアウト」
「コータのタランス野球学」の
ライターとしての活動や通訳。

講演活動に『Sakura Sakura』で
女優としてもデビューしています。

それだけに留まらず現在は、
もう一度野球界に発展に尽力したい、
かつての自分のように
社会の片隅でだれに知られることもなく
悩んでいる人たちに寄り添いたい。

という夢も持って活動の幅を広げています。

そしてもう一つ大きな夢は、
「10年、20年後でいいから
スーザンとの和解を果たしたい」
という事です。

様々な分野で活躍するコウタさん。

自身も辛い人生を歩んできたからこそ、
悩んでいる人の支えとなることが
できるでしょうね。

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